SNSで無駄に繋がる必要はない、例え知り合いでも

こんにちは。

僕はfacebookを2010年ぐらいから使ってきましたが、夏ごろにアカウントを削除しました。その理由は「鬱陶しい繋がりにはウンザリ」だったからです。

きっかけは同窓会

去年、中学の同窓会がありました。僕は参加しなかったのですが、30年以上ぶりに集うというので結構盛り上がったみたいです。それはそれでいいのですが、これをきっかけに中学校のグループがfacebookに作られ、友人によって僕もそこに参加させられました。でもまあ懐かしかったのでそこまでは良いです。

そのグループの中に、ある人物がいました。名前を「Z」としておきます。「Z」は傍から見ると人からのウケも良く、いわゆる人気者タイプだと思います。みんなから見ればきっとそういう人なんだろうけど、僕にとっては違います。

若い頃の出来事

いまから27、8年前でしょうか。僕は学校へ行くのに家を出て駅へ向かっていました。駅に近づいたころ「Z」と出くわし、彼は申し訳なさそうにこう言いました。「財布を忘れちゃって、電車賃貸してくれない?」。僕は二つ返事で彼に1000円貸しました。その日か翌日か忘れましたが、家に帰ると「Z」からメモ用紙に書いた手紙と1000円が返ってきていました。メモには「やっぱ持つべきものは友達だね」みたいなことが書いてあって、それはそれで終わりました。

そこから1年か2年後でしょうか、僕らは就職して社会人となっていました。しかし僕は就いた仕事に馴染めず2か月ぐらいで辞めてしまったのです。その後はフリーター生活に入り、夜勤の工場仕事のバイトをしていた頃です。帰宅途中で「Z」に出くわしました。今なにしてんのみたいな話になり、僕はかくかくしかじかと、その時のことを話し「なんだ辞めちゃったのかよ、もったいないな」みたいなことを話して別れました。

その数日後、再び「Z」と出くわしたのですが、彼はまるでゴミをみるかのような目で僕を見て素通りしていきました。きっと就職して簡単に辞めちゃうようなクズとは関わりたくない、そんなことだったのでしょう。僕はあの時の「Z」の顔を今でも覚えています。何が「持つべきものは」だよと思ったものです。実は彼とは小学校中学校の時にもこんなようなことが1つ2つあって、見下されていたんですね、要するに。

このことは20年以上経った今も鮮明に覚えていて、この前初めて妻にこのことを話したのですが「よっぽど傷ついたんだねぇ」と笑われましたが、人が信用できないと思った数少ない例なのです。

昔の繋がりで今も繋がる必要なんてないだろう

話はSNSになりますが、facebookで中学校のグループが作られたことをきっかけに、今度はLINEでグループがいくつか作られました。それに招待されたのですが、僕はすべて拒否して入っていません。

いくら10代を一緒に過ごした人たちとはいえ、30年も経てば僕らは成長しているし、人や性格だって変わっているかもしれません。だけど同窓会というものは当時のアイデンティティのままで、したくもない昔話をしたり、大して覚えていない出来事に相槌うったり、そもそもその間に連絡をとっていた人がいない僕のような者にとっては、過去に戻ることなんてことは最もしたくないことなのです。

決定打はfacebookでさらに別のグループが作られ、そこに追加されたことで、同じようなメンツでいくつもグループ作りやがって鬱陶しいなと思い、これ以上関りをもたなくてもいいようにとfacebookのアカウントを削除しました。それでも関わりたいなら直接連絡とればいいだけです。

別に恨んでいるわけではない

と、特定の人のことを書いてしまいましたが、これももしかしたら僕の一方的な勘違いかもしれませんし、いま実際に会って話したら打ち解けるかもしれません。そもそも僕が上で書いたようなことを彼は覚えていないかもしれません。だから僕は彼のことを恨んでいるわけではないのですが、必要以上に関りを持つつもりがないだけです。

SNSはかつての知り合いと再び知り合う機会もありますが、ただ懐かしいというだけで繋がっても良いことはないなと僕は思っています。

それではまた!

このブログを書いている人はこんな人

こうりん
中年です。サラリーマンやってます。
東京オリンピックまでには東京を脱出します。