「何もない」という感覚がわからない

こんにちは。

「○○へ行きたい」みたいなことを言うと「そんなところへ行っても何もないよ」という人っていません?僕はこの「何もない」という感覚がよく分からないのです。何もないってことはないだろうと思うのですが、どうなんですかね。

何かあるだろ

例えば旅行とかちょっとした街歩きでも良いですが、どこかへ出かけてきての結果として「何もなかった」という人がいます。これってつまり、物理的に何もなかったということではなく、その人の興味を惹くものが何もなかったということでしょうね。

だからそういう人は、これからそこへ行こうとする人に対して「そんなところへ行っても何もないよ」と平気で言ったりします。そこへ行く目的が違うかもしれないということはまったく考えないのです。人はそう言うかも知れませんが、別の人にとっては興味を惹く何かがあるかもしれないじゃないですか。

山でもそうです、どこぞの低山に行くと言うと「山頂行っても何も無いよ」と言ってくる人がいます(僕の父もよく言います)。いやいや、山なんてどこ行っても木々か岩か景色しかないでしょうって。そりゃ素晴らしい見晴らしがあれば「おお~っ!」ってなりますが、木々に囲まれた山頂がまるで「悪」のように言われるのはおかしいだろと思うわけです。

主観によるもの

要するに、そこに何か「ある」のか「ない」のかは人々の主観によるものですよね。いくら観光地と言われるところに出かけても、その人の興味を惹くものがなければ「何もない」と言うことになるのです。

そういう会話の時に真っ先に「何もない」という人の事は聞き流します。もっとも信用ならない情報だと思っているので。そんな言葉を信用して、もしかしたら僕の興味やもっと言うと人生観すら変えるかもしれない何かを見落とすなんてことはしたくないですからね。

知らない街や都市は面白い

たとえ名勝やランドマークとなるようなものが無くても、首都圏を除いた知らない街を歩くのは楽しいです。そこに何があるか分からないというのもあるけど、何かしら目をひくものがあったりするものです。それが地元の人しかしらない寺社仏閣だったり、看板だったり、建物だったり、何よりも雰囲気が良いです。

むしろ他所の土地へ出かけてまで人の多いところばかり行ってもって思っちゃうので、僕なんかは市街地を歩いていても「歩道が広いし人が少ない」ってだけで、その土地へ行ってその事実を知ることができてラッキーと思います。

「何もない」ってことは決してないのです。自分の楽しみ方をもっていればね。

それではまた!

このブログを書いている人はこんな人

こうりん
中年です。サラリーマンやってます。
東京オリンピックまでには東京を脱出します。