川崎市麻生区にある「殿様の墓」とは

殿様の墓

こんにちは。

川崎市民となって2か月ちょっと、川崎市は広すぎて皆さんがイメージする「川崎」とはまったく違うところにいる僕にとっては、かなりローカルな場所だと思っています。まだまだ近所の事すらよく分かってなくて、少しずつ散策などをして場所を覚えていってます。

Googleマップで発見したある場所のこと

引越してきた当初、iPhoneでGoogleマップを使って新しい住居の近辺の地図を見ていた時にそれを目にしました。

殿様の墓

 

 

「殿様の墓」!なんつう名称、本当にそんな名称なの?誰かがそうGoogleさんに覚えさせた?見た瞬間にいろいろ考えましたよ。しかしググってみたら本当に「殿様の墓」と言われているそうです。

これはいつか行っておかないとと思いました。我が家から歩いて30分から40分ぐらいの場所にあるので。

徳川家康の家臣のお墓だそうです

いつか行くと思いながらすでに2か月が過ぎてしまいましたが、先日ついに行ってきました。冒頭の写真にあるように、とても小さな看板が立っていて、畑の横をあるいて写真左奥の方へ進んで行くとそれらしき小高い場所がでてきました。

殿様の墓

特に周りに説明の看板も無ければ名称すら書かれていません。この墓石が4つ並んでいるだけの場所でした。もうちょい名勝的な場所かと思ったけど全然そんなこと無かったです。普通に見落としそうな場所です。

 

結局これは誰のお墓なのかということですが、なんと川崎市教育委員会のサイトに説明がありました。

この墓の被葬者は、土地の人々以外にはあまり知られていないようですが、江戸時代の後期に書かれた『新編武蔵風土記稿』などの史料により、戦国大名の後北条氏の家臣で小田原落城後、徳川家康の家臣となった富永重吉とその一族の墓であることがわかっています。

川崎市教育委員会 – 戒翁寺(殿様の墓)

徳川家康の家臣である富永重吉という人らしいですが、もちろん存じておりません。この地域を治めていた人みたいですね。徳川家康って1600年前後だからかれこれ400年前のお墓ってわけです。何気にすごい歴史!

近くには戒翁寺(かいおうじ)というお寺もあって、天正年間(1573年~1591年)に開山されたお寺で寛永年間にこの富永重吉が建物を再建したとのことです(現在の本堂は平成になって建立されたもの)。

このような古いお墓がひっそりと残っていて、周りもかなりローカルな雰囲気の場所です。散歩コースにはもってこいの所かもしれませんが、観光の場所かと言われると回答が難しいような気がします。

とはいえ、紹介したのでアクセスについて以下に記載しておきます。とりあえず、気になっていたところを見に行ったので満足しました。

それではまた!

殿様の墓:アクセス
小田急線柿生(かきお)駅北口から以下のバスに乗車
小田急バス 柿22系統、柿23系統
東急バス柿23系統
「早野」バス停下車、徒歩5分

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こうりん
中年です。サラリーマンやってます。
東京オリンピックまでには東京を脱出します。